オフィス・ラブ #∞【SS集】
ふたりが、兄の部屋から玄関へと去った気配がした。

私は自分の部屋を出て、リビングのテレビの横の煙草を手に取る。



「帰ってたのか」



玄関から戻ってきた兄が、たいして驚いてもいないふうに言った。


ちょっと前は、バレエシューズだった。

上質な、お嬢さん風パンプスだったこともあった。


高校の頃は、遊びといっても煙草くらいだった彼は、大学に入ってから、急速に節操がなくなってきていた。

興味本位で、来るものをほぼ拒まずにいたら、結果そうなったらしい。


2LDKのこのマンションは、リビングを挟んで対面にお互いの個室があり。

自分の部屋にいれば、相手の部屋の音はまず聞こえない、まさにルームシェアに適した間取りになっている。

だから別に、女を連れてくるのは、かまわないんだけども。

お互い様だし。


だけど。



「もうちょっと、節度ってものを持ってみたらどうよ」

「たとえば」



キッチンから洗った灰皿を持ってきた貴志が、ローテーブルにそれを置いて、カウチに腰をかける。

私は灰皿に灰を落として、カウチの横のオットマンに座った。



「系統くらいは統一するとか」

「意味がわからない」



…女の「系統」って、男にはあまり、通じないんだっけ。



「何か、ないの、あんたの中で、こうと決めているルールみたいなものは」



手当たり次第にもほどがあると思って、柑橘の香りのする煙を吸いながら言うと。

彼は、煙草に火をつける手をとめて、しばらく考えたあげく、首をかしげながら答えた。



「一度に、ひとり」



アホか、当たり前だ、と言うのもバカバカしくて、ため息と一緒に煙を吐く。

こんなのが、不思議なくらい、もてるんだよなあ。

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