オフィス・ラブ #∞【SS集】
ありあわせで作ったにしては見栄えのする夕食をダイニングテーブルに並べて、ふたりで囲む。

キッチンではコーヒーを淹れるくらいしか役に立たない貴志のせいで、炊事はもっぱら私の役目だ。

けど、学生の暮らしとしては立派なキッチンを独り占めできるのは、料理好きの私としては嬉しくて、ちょうどいい利害関係がそこにはある。



「貴志、行儀悪い」



うん、と生返事をしながら、大判の冊子を片手に持った兄が、手探りで煮物にお箸を伸ばす。

明日、筆記と一次面接がある企業の会社概要だ。

おそらく聞いたことのない人はいないであろう、最大手の広告代理店。



「本命じゃない」

「そう」



まったく気負いのない声が返る。

要領のいいこの人のことだから、この調子であっさり内定をもらってしまうんじゃないかという気がする。


二卵性の双子として生まれた私たちは、中学校まで学区内の公立に一緒に通い、たいした苦労もなく、いいレベルの公立高校に一緒に進学し。

そこでも似たような成績だったので、自然と大学も同じところを受けて、ふたりとも受かった。


気がつけば学部まで同じで。

就職活動の段階になって、ようやくふたりの行く先が分かれたのだった。


広告か、人材。


そう言う貴志に対して、私はメーカー志望だった。

別に、堅実だからとかそういう理由ではなく、物質としての「商品」がつくられる場に関係したいと思ったからだ。


できたら、商品も身近なものがいい。

食品とか、下着とか、化粧品とか。


後にしなさい、と手から冊子を取りあげると、素直に姿勢を正す。


たまにこういう、可愛げを見せはするんだけれど。

女たちは、いったいこの朴念仁のどのへんに惹かれて、やってくるんだろうか。



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