オフィス・ラブ #∞【SS集】
彼女の去った部屋で、アドレス帳に加わった新しい名前を眺める。
うん、なかなかにしっくりくる響きだと自画自賛した。
女性らしいけど、そう簡単には自分を曲げない感じで、だけど愛らしくもある、そんな印象が彼女にぴったりだ。
言うほど彼女を知らないけど。
ごろりとベッドに横になると、シーツや枕に彼女の香りが残っているのを感じた。
ゆうべの記憶がないなんて、もったいない。
この、ちょっとけだるくも軽い身体と、妙に目覚めのいい感覚と寝室の惨状がなければ、ただ並んで寝てただけなんじゃないかと思うくらい、きれいさっぱり覚えていない。
軽そうには見えない彼女が、いったいどういう経緯でここまで来て、そんなことになったんだろう。
自分は決して誘うのがうまいタイプじゃないし、そもそも自分から誘うことなんて、まずない。
あの独特の瞳を脳裏に描く。
年齢は…20代後半か、いっていても、30そこそこだろう。
仕事は、聞いたのかもしれないけれど、覚えていない。
趣味なんかも、聞いたのかもしれないけれど、覚えていなくて。
住んでいる場所も、聞いたのかもしれないけれど、やっぱり覚えていない。
nonameという名前のヒロインが出てくる、SFとファンタジーの間みたいな小説があったなと思い出した。
そのヒロインは、主人公の青年に名前を訊かれると、nonameの逆さ読みである「エマノン」と呼ぶように言うのだ。
さすがにそこまでの名前をつけるほど自分は夢見がちではないし、そもそもなつきの場合は、教えてくれなかったんじゃない、単に自分が忘れただけだ。
特に自分を、酒に強いとも弱いとも思ったことはなかったけれど。
こんなふうに、すっぽりと記憶が抜け落ちるというのは初めての体験で。
もしかして、アブダクトでもされたんだったりして、とくだらないことを考えた。