イケメン御曹司に独占されてます
ふたりが絡んだことがない、という野口くんの言葉は意外だった。
あの時、池永さんは岡田さんのことを『拓也!』と呼んだのだ。


そう言えば岡田さんも池永さんのことを『秀明』と呼んでいた。
確かにここには、池永さんのことを『秀明』と呼ぶ人はたくさんいる。
取引先やメーカーの人まで『秀明』なのだから、もうそっちの方が普通の呼び方と言えるのかも知れない。
けれどあの時のふたりには、妙な親密さが感じられた。なんだか、ずっと前から親しい間柄だったような……。


「池永さんと岡田さんって、あんまり親しくないの?」


「ふたりが特にっていうよりは、岡田さんが誰ともつるんでないっていう感じかな。ま、確かに未来の社長じゃ、誰だって迂闊に近寄れないよ。
岡田さんはどっちかって言うと、部長クラスに連れまさわれることが多いな。実際二部に配属されたのだって一時的なことで、これからも各部門渡り歩いて、最終的には上に立たなきゃいけない人なんだし。
萌愛は知らないかもしれないけど、会社でふたりが喋ってるとこなんて見たことなかったから……。
いや〜だけど昨日はホントにびっくりしたな〜」


話がそこへ戻ってくると、野口くんがまたニヤニヤしながらこちらをうかがう。


「で、萌愛はどうなの?岡田さんと秀明さん、どっちがタイプ?……くぁ〜、豪華な二択だな。七海子が聞いたら卒倒するんじゃねぇ?」


「だから、違うってば!!」


脳天気に想像を巡らせる野口くんに本気でイライラして、話を切るように書類に視線を落とした。
野口くんは大げさに肩を竦めたあと、ようやく自分のパソコンに向かう。

書類をチェックするフリをしたけれど、内容なんてちっとも頭に入ってこない。
昨日から、岡田さんの言葉と瞳が頭から離れないのだ。

——俺はきみにすごく興味がある——


私を覗き込む瞳の色は、黄緑にみえる薄い茶色。
形の良い唇は、女の人みたいに薄くて。


——福田萌愛。その名前にも、そしてその肩の傷にも——


私の右肩の傷を知っているあなたは、一体誰?






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