私の小さな願い事
「お依里様… 少しで良いのです
お召し上がり頂けませんと、お身体に障ります」


すでに、ご飯を三口
お味噌汁を一啜り
そして、大根の煮付けを食べた


御膳には、確かにまだまだたくさんある

しかし、これ以上いらない


動きもしないのに…


「お依里様の為に、これを作ったものが、悲しみます」


そう言って、悲しそうな表情をした優

優が作ってくれたのね?


私は、優に深く頭を下げた


「まぁ!!ですから、私に頭を下げては
なりませぬ!!おやめ下さい!!」


言葉で謝罪できないのだから

仕方のないことなのに

優は、大慌てで私の上半身を起こす


「そんなに婚礼がお嫌ですか?
お喋りをやめ、食事をやめるほど
お嫌なのですか?」


別に婚礼がどうのじゃない

ただ私は、ここを出たいだけ


「明日、家茂様がお見えになりますので
そのように仰れば良いのです
あちらも、健全な姫をお望みのようですし」


私は、とりたてて病にかかっているわけではない

閉じ籠もっているだけで、至って健康


それでも

優からすると、健全な姫でないのね




ふと、優と出会った時のことを思い出した





私は、山里の小さな寺で育った


身分のないただの子供


野山を駆け回り、木に登る


近所には、男の子しかおらず


もっぱら喧嘩をして育った



少し町に出ると、剣術を教えてくれる

兄のような人がいた



あの頃は、毎日がキラキラと輝いていた

見るものすべてが、輝いて


同じものでも、毎日違う輝きをして


私を魅了した









優と兄の遣いが、私を迎えに

寺に来たのもちょうど春だった


「将軍 家茂公の実の妹君であるお依里様
どうか、大奥へお戻り下さいませ」


私を育ててくれたお寺の住職は、やっと帰れるのですね!と、涙ぐむ


「私、ここにいる」


何度も行きたくないって、言った

私は、将軍様の妹じゃないって


必死に訴えたけど


私の言葉は、意味をもたなかった


遣いの男に追い掛けられ、捕まってからも

抵抗を続けた


ずっと、黙っていた優が


私に言った第一声は


「うふふっ 山猿のような姫ですね!」




姫でなくていい

山猿でよかった












そんなことを思い出しているうちに

また…


ここを出たいという


衝動にかられる








私は、見えない檻の中にいる

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