私の小さな願い事
~依里~



何も口にする気にならなかった

泣いたからと言って、この手にお子が帰ってくることもない

一度も、お乳をあげられなかった

お腹をすかせ、泣いていないだろうか

胸が張り、痛む


慶喜様は、毎日会いに来てくれるようになったけど

私は、慶喜様と目を合わせることを避けた


お子を守れなかった


〝江戸までもつまい〟


もしも、子が命を落としているならば

私もそばに行きたい


ひとりは、さみしいでしょうから


医者から出された薬を飲まずにため込んだ

どんな良薬も、量を間違えば

死に至る


そう聞いたことがある



慶喜様がこの部屋を出たら

この部屋に来る者はいない



慶喜様の足音が廊下を遠ざかる


湯呑みに水を注ぎ

口に次々と薬を流す

苦いなぁ

名前もつけてあげられなかった子を思い

薬を飲む

普段の食事もこんなに食べられない

気分が悪くなっても、吐き気に襲われても

流し込んだ



急に、後ろから目を隠されて

口に手を入れられた


せっかく飲んだ薬を吐いてしまう


苦しい

ゲホッ ゲホッ


誰?

確認する前に、私は意識を失う


目が覚めると、慶喜様が心配そうに

私を覗く

「よかった……依里…バカなことを…」


慶喜様が部屋を出てから、今度こそ

私は、短刀を出した


??手刀……私は、また意識を失う


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