フルブラは恋で割って召し上がれ
「え? 青森……ですか?」
「そう。そこで一週間の現地体験をしてもらう。丁度今はりんごの収穫期だ。いい勉強になる」
今朝、アパートの前まで自家用車で迎えに来てくれたマネージャーの斎藤氏。車に乗ってすぐに目的地を聞かされ、早朝の肌寒さも寝不足も一気に吹き飛んでしまった。しかも、新幹線か何かを使うのかと思いきや、マイカーでの東北道縦断。
運転するのが彼氏ならまだしも、ほとんど初対面と変わらない上司。何時間も狭い車の中で一緒なんて絶対間が持たない。気まずい空気が流れるっ。しかも、マネージャー、イケメンだけど雰囲気なんか怖いしっ。
仕事なんだから仕方ない、と腹をくくって助手席に乗り込んですぐにマネージャーから手渡されたのがケースに入った数枚のCD。そのどれを見ても、私の好きなミュージシャンのものだったので私はちょっと驚いて、シートベルトを締めているマネージャーに見入ってしまった。もしかして、マネージャーも好きなのかな……? って。
「面接のときに好きな音楽の話をしていただろ? 長旅になるから退屈するだろうと思ってレンタルしてきた。好きにかけていいぞ。――それと、朝早かったからまだ眠いだろう? 遠慮しないで眠くなったら寝ていいから」
そう言って車を走らせる斎藤氏。
面接のときに、店長と和気藹々な感じになって趣味とか好きなものについてほんのちょっとだけ話したけれど……覚えててくれたんだ。
「あ、ありがとうございます。では、お言葉に甘えて……」
早々にCDをセットして、助手席に身を沈めた私。いつも聴いているバンドの曲が流れると、カチコチに緊張していた体と心がほぐれていくような気がした。
ちらっ、と運転席のマネージャーの横顔を盗み見すると、相変わらずの表情が読み取れないポーカーフェイス。
でも、優しいところ、あるんだな……って、私は単純にこれからの職場の働き心地の良さに期待してしまっていた。
そうして、道中幾度も睡魔に襲われ、眠りこけては車の振動で起きて「す、すいません」を繰り返すこと数回。やっと目的地の弘前市にある樹(いつき)ファームへ辿り着いたのでした。