フルブラは恋で割って召し上がれ

「なにかあった?」

 不意に背後から声をかけられ、身体がビクッと反応するのと一緒に「ひゃっ!」って変な声が出てしまった私。その弾みで籠に盛っていたリンゴが落ちそうになって、慌てて手で受け止める。――危なかったぁ。少しでも傷がついたら売り物にならなくなっちゃうんだから。

 誰よ、まったくもう! って思いながら振り返ってみると、私の後ろに立っていたのはマネージャーの斎藤悠二(さいとうゆうじ)氏。月イチくらいしか店舗に来ないお偉いさんの不意の来店に、私は額に縦線が何本も入ったような感じで硬直してしまう。

(な、なんでマネージャーが? 定期の巡回は月末な筈なのに! 聞いてないよっ! )

「お、おはようございます。――あれ?」

 慌てて挨拶をして、改めてマネージャーと向き合ったときに、私はようやく振り向いたときから覚えていた違和感の正体をつかめた。

「マネージャー、どうして今日は制服を……?」

 いつもはスーツをビシッと決めている斎藤氏が、なぜか今日はここフルーツショップ楽市(らくいち)の制服を着ている。白のウィングカラーシャツに黒のロングエプロン。男性用のエプロンはベストのようなデザインの胸当て付きで紐を前で縛るタイプ。黒の蝶ネクタイを付けるのは、その店舗のリーダーと店長のみ。

 女子の制服は、白のピンタックウィングカラーのシャツに腰下の黒のロングエプロン。この制服がカッコ良くて人気らしく、バイトの募集を出すとすぐに面接希望の電話が来るくらい。
 ちなみに、私はリーダーなので蝶ネクタイ付きなのだ……って自慢してる場合じゃない。制服を着ているってことは、斎藤氏、今日はお店に出るのかな?

「あぁ、宮本君が今日から一週間、有給取ったのでね。その間、私がシフトに入ることになった。――よろしく」


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