フルブラは恋で割って召し上がれ
 
 青天の霹靂とはまさにこのこと。おひさまみたいにほんわかした人柄の宮本店長に、人当たりのいい温和な同僚のみんな。色とりどりの美味しそうなフルーツに囲まれて楽園のような職場に、切れ味鋭そうな日本刀の如く『触れるな! 危険!』みたいな斎藤氏が一週間も居座るなんて!

 駅構内と続きのショッピングセンター内にある私の職場、フルーツショップ楽市。改札口から一番近い位置にある店内では、全国から取り寄せた極上の果物と、それらで作ったフレッシュジュースやフルーツをこれでもかってくらいに入れたゼリー、カットフルーツを販売している。
 ジューススタンドも設置してあるので、通勤や通学の際に利用されるお客さまが多く、有り難いことに商売繁盛の毎日。

「店長、何かあったんですか? 一週間も休みなんて……」
 昨日は元々の定休だったけれど、休みの前の日はあんなに元気だっただけに心配になってしまう。もしかして、身内に不幸とかあったのかな……?

「ぎっくり腰。昨日やったらしい。病院から連絡をよこしてね。二、三日は動けそうもないって言っていたんだけれど、有給も溜っていたし大事を取って休むように言っておいた」
「ぎっくり腰……」

 店長、疲れが溜まると腰が痛むって言っていたっけなぁ……。とうとうやっちゃったのか。お見舞い、行かなきゃ。

「夕方からはバイトが入るから何とか回せるけれど、彼が抜けると昼間が手薄になるだろう? 引き継ぎがうまく出来るように私がヘルプに入るので、その旨、夏目さんから他の従業員に連絡しておいて」

「――了解しました」

 引きつった愛想笑い継続中の私の耳に、その時、「きゃあっ」って小さな歓声が飛び込んできた。
 何ごと? と声のした方を見ると、女子大生らしき御一行様がこちらを見て色めき立っている。視線の先にあるのは、姿勢良く立った斎藤氏の姿。ざわめきに気付いた彼が切れ長の目を向け、にっこりと営業スマイルを向けると、悲鳴のような声があがったくらい。

 そう。斎藤氏は所謂、イケメン。
 長身で細身。ジムにでも通っているのか、程よく筋肉質のしまった身体。
 おデコをすっきりと出したショートレイヤーの髪型に、きれいにグルーミングされた口髭と顎髭。
 モデルと言っても通用するくらいの三十五歳、独身。――外見だけみれば女子が騒ぐのもよくわかるんだけどね。

 でも、私は知っている。
 彼、斉藤悠二氏が、とびっきりのドS上司だってことを。


< 6 / 57 >

この作品をシェア

pagetop