フルブラは恋で割って召し上がれ

 そう、忘れもしない。あれは四年前の秋。
 それまで務めていた会社を辞め、ここ楽市に転職した私。
 秘書の仕事もそれなりにやり甲斐があってお給料も良かったけれど、毎日が時間に流されて平坦に進んでいくことに、これでいいのかなぁ……って疑問を持って退職して、次の仕事を探していたそんなときに、和也と一緒に買物に来たのがこのフルーツショップだったのよね。

 果物の鮮やかな色と豊かな香りに五感が刺激されて、何だか生まれ変わったような気分になった私。相当テンションが上がっていたんだと思う。会計のとき、カウンターに貼られていた求人募集の貼り紙を見つけて、これは運命の出会い! ……って、支払いと一緒に面接の予約を取り付けたくらいだし。
 正社員の募集人員はひとりだけだったから、相当の狭き門。それだけに、採用の電話が来たときは嬉しかったなぁ。

「店舗業務の前に、一週間の研修があります。出来るだけ早く開始したいので、今週中で夏目さんの都合のいい日があれば教えていただきたいのですが」

 電話の主っていうのが、今、作りたてのベリーミックスジュースを静かな微笑みをたたえながら女子大生に手渡している斎藤氏、その人だった。

「いつでも大丈夫です! 明日からでも!」
 即答する私の耳に、クスッと小さく笑う声が聞こえ、私の脳裏に面接のときの大失態が鮮やかに蘇る。


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