フルブラは恋で割って召し上がれ

「接客業は初めてのようですが、不安な点などはありますか?」
 面接のとき、履歴書を見ながらそう質問してきた宮本店長に、あろうことか……

「秘書の仕事で取引先の方と会う機会も多かったので、外面の良さには自信があります!」

 ……って満面の笑みで答えちゃったのよね、私。なんで『外面』って単語をくっつけちゃったのか。穴があったら入りたいくらいにパニクってたときに、電話と同じようにクスッと笑ったのが斉藤氏。もっとも、あの時はそれだけじゃ収まらなかったのか、お腹抱えて笑い出してたんだけど。――さっきの笑い、絶対に面接のときのこと思い出してるな……って確信する私。

「それは結構。では明日から始めよう。明日の朝、六時半に迎えに行く。持ち物は滞在中に必要な最低限の身の回りの物のみ。服装は動きやすいもので。――では、明日に」

 一方的に用件を伝え終わって切れてしまった電話。ポカーンとしたままでスマホを置いて斎藤氏が言った言葉を頭の中で反芻してみる。

 つまりは、研修っていうのは泊まりがけで行われるもので、明日の六時半にマネージャー様が直々に迎えに来てくださる……と。

「えぇえええっ!? 明日? 一週間泊まりっ? 最初に言ってよぉー。宿泊研修ってわかってたら、明日にでもなんて言わなかったってばぁ! ってか、集合時間、朝早(あさは)やっ。遠足じゃあるまいしっ!」

 下着や服はなんとかなるけれど、化粧水を入れるボトルやお泊り用のシャンプーとコンディショナーのミニボトル買ってこなくちゃ、と慌ててバタバタと荷造りを開始する私。

「今からマツキヨ行って買い物して、晩ご飯済ませて、お風呂入って速攻寝る。――うん、これで良しっ、と」

 買い物に出掛ける前に、和也にLINEで面接受かった報告を入れた。泊まりがけの研修になるから、木曜のデートのキャンセル報告も兼ねて。
 バスを待つ間に、合格おめでとう、と、気をつけて行ってこいよって和也からの返事が届いた。

 ありがとー。お土産楽しみにしててね ……って絵文字いっぱいつけてメッセを返したそのときの私。明日からの研修がとんでもなくハードだってこと微塵も思いつきもせず、「あ、パジャマも新調しちゃおっかなー」なんて脳天気に考えていたのでした……。

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