おいてけぼりティーンネイジャー
Παρμενίδης-イデアについて side暎
「お母さん、ごめんなさい。何も知らんと、暎(はゆる)さんと出逢ってしまってん。……事情を知っても、それでもどうしても、暎さんと生きたいねん。」

知織(しおり)は裕子……つまり自分の母親に向かってハッキリそう言ったけれど、震えていた。

俺は知織の両肩に置いた自分の両手にぐっと力を込めた。
知織が首を捻って、俺の顔を見上げた。
不安そうな瞳に、大丈夫だよと想いを込めて微笑みかけると、知織は少しホッとしたような顔をした。

何て可愛くていじらしいんだろう。
俺は、この子を守りたい……と、この2年半、何百回と数え切れないほど想ってきたけれど、また強く決意した。

このまま知織をさらって逃げてもいい。
裕子に殴られるつもりで来たけど……そういう女(ひと)じゃなかったな。

歳月を経ても、臈長けた品のある佇まいの裕子を改めて見つめた。
そして、庭からこっちに近づいてくる、裕子の旦那さん。
……大村さんはいかにも穏やかで知的な紳士だ。

この人が、傷ついた裕子を支え、知織を慈しんで育ててくれたのか。
俺は、そっと知織から手を離し、その場に座った。

たまたま平たい敷石の上じゃなくて、けっこう尖った小石の上に正座する形になってしまって、かなり痛い。
でも、ここは我慢、だろ。

俺は、両手をついて深く頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。」
足にも両掌にも、額にも石が突き刺さって痛い。

「……暎さん……こんなとこで土下座とかやめて……」
知織が俺の手を引っ張ってやめさせようとしてるけど、俺は意固地に頭を下げ続けた。

「白川砂利は痛いですやろ。顔上げて、お立ちください。今日は大晦日ですし、とりあえず日ぃ改めてもらえますか?」

ため息まじりの声が頭から降り注いだ。
……俺がこのヒトの立場なら、上から頭を踏みにじってしまうかもしれないのに……
まったくかなわないな、と俺は脱力して上体を起こした。

すると、大村さんは、マジマジと俺を見て失笑した。
「……一条さんは、庭詰(にわづめ)っちゅう習慣をご存じありませんか?」
「は?」

……にわづめ?

「他人(ひと)さんの家まで押し掛けてきて、図々しいお願いするんやったら、なんぼ帰れ言われても、頭下げたまま、せめて丸一日は粘っていただきませんと話になりませんわ。」
大村さんは、まるで大河ドラマで見る意地悪なお公家さんのような顔と声でそう言った。

え?え?え?
そういうもんなのか?

俺は慌ててもう一度、頭を下げた。

今度はあからさまな嘲笑が降り注いできた。
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