Trick or Love?【短】
「もう少し素直に言えないのかよ」


どこか呆れたようにしながらも、その笑みはとても優しい。そんな表情を向けられて平静を装えるほどの余裕は、私にはもうない。


ドキドキと高鳴る拍動が、全身に熱を運ぶ。

ずっと忘れていたはずのときめきを、この一ヶ月で何度味わったことだろう。触れられたわけではなくても些細なことで胸の奥がキュンとして、ただ笑顔を見せられるだけで心がポカポカと温かくなる。


「なによ、素直じゃないのは原口くんだって同じじゃない!何も言ってくれないくせに!大体、手すら握らなかったくせに!」

「ばか」


むきになった私の右手が原口くんの左手に掴まれ、ゆっくりと指が絡まった。


「手も握らずにいたのは、一ヶ月で久美に信頼される為だよ。俺にとっては今日までに信頼を得ることが最優先だったし、信頼して貰えないとこうして家に連れ込めなかっただろ?」


目を見開くと、彼が苦笑を零した。だけど、その瞳はどこか勝ち誇っているようにも見える。


やっぱり、この男はとても狡猾だった。
紳士の仮面を被った原口くんにあの日からジワジワと追い詰められていたことに、今になってようやく気付く。そんなまぬけな私は、もうとっくに彼の手中で操られていただけだったのだ。


「それに、言っただろ?そういうのはベッドの中だけで充分だ、って」


ゆるりと細められた瞳がやけに色気を孕んでいて、原口くんのその表情が何を求めているのかを知ってしまう。
同時にカァッと熱くなった頬に、彼の右手がそっと触れた。少しひんやりとしている骨ばった大きな手に、あの日奪われた左頬が包み込まれた。

< 24 / 26 >

この作品をシェア

pagetop