恋は死なない。



「へえぇ?それが馴れ初めかい?キザなことをしても様になるような、イケメンだったもんなぁ!」


そう言いながら、魚屋のおじさんはニコニコと笑っている。


惣菜屋と花屋と魚屋と……。意外なところまで和寿のことが知れ渡っているようで、佳音は困ってしまう。どこまで否定して、何と言って言葉を返していいのか分からなくなった。


「……すみません。ちょっと急いでますので……」


佳音は小さく頭を下げると、逃げるようにその場を立ち去った。これ以上詮索されると、和寿の素性がいつ露見してしまうか分からない。


目的の電器店に向かって電球を買い、帰り道は商店街は通らずに、少し遠回りをして川沿いの道を歩いた。

堤防の上からは、草が繁茂する河原を川が音もなく流れ下っている光景を見渡せる。
こんなふうに雨の降りしきる中をただ一人歩いていると、自分なんてこの風景の中に紛れて、このまま消えてしまってもいいような存在に思えてくる。

本当は急いで工房に戻る必要なんてない。こんな雨の日に、誰にも忘れ去られているような工房に、やって来る人間などいない。


……来るとしたら、それこそ和寿くらいのものだ……。


和寿のことが心に過ると、佳音には言いようのない苦しさが立ち込めてくる。これ以上苦しくなりたくないから、もう和寿には会いたくない。


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