恋は死なない。



佳音は、和寿の放った言葉の意味など考える余裕などなく、ただ動転していた。どうすればいいのか分からず、反射的に身をすくめながら、弾かれるように和寿の腕から抜け出して立ち上がった。


顔は赤くなっているとは思ったが、それ以前にどんな顔を和寿に向けたらいいのか分からない。当然、和寿の表情を確かめて、その言動の真意を読み取ることもできない。


佳音はそそくさと工房の奥からホウキとチリトリを持ち出して来て、飛び散った電球の破片を片付け始めた。
佳音の意識の端で、和寿も立ち上がる。それから、和寿は新しい電球を手に持つと、作業台に上がってそれを取り付けてくれた。

パッと工房が明るい光に照らされても、佳音の心は落ち着くどころではなく、このままでは和寿の前で普通にしていられない。きっと作業も手に付かない。


「……ありがとうございます。助かりました。実は今日はこの後、予約のお客さんが来るんです」


佳音から改まってそう告げられて、和寿も状況を察する。


「そうですか。お忙しいのに、お邪魔してしまいました」


残念そうに応えてくれる和寿に、結局佳音は目を合わすことができなかった。


和寿が工房のドアを閉め、その向こうの階段を降りていくのを見届けて、佳音は体の芯から湧き起こる震えを抑えきれずに、その場に座り込んだ。



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