恋は死なない。


本当は、お客なんて来る予定はない。だけど、この小さな工房の中で、これ以上二人きりでいてはいけないと思った。


ドキンドキンと早鐘のように、痛みを伴って繰り返される胸の鼓動。
息ができないような苦しさに襲われて、涙が零れ落ちた。


気づいてはいけない。自覚してはいけない。
そう自分に暗示をかけて言い聞かせていたのに、今日の出来事……和寿の抱擁は、佳音の心の堰をあっけなく壊してしまった。



――古川さんのことが、好き……。



もうどうやっても、ずっと前から存在していたこの真実を、ごまかしたり否定したりできなかった。

でも、この真実に気づいても、甘く切ない想いに満たされて心が心地よく痛むわけではなく、ただただ苦しいばかりだ。

どんなに佳音が和寿に恋い焦がれても、和寿は同じ想いを決して返してはくれない。
それは、古庄を恋い慕っていた時とまるで同じだった。


こんな思いを味わいたくなくて、ずっと心を閉ざして生きてきたはずなのに……。


その固く閉ざした扉を、ゆっくり開いて光を入れてくれた男性(ひと)……。


簡単に人を好きにならなかったからこそ、引き返すのも簡単ではない。苦しければ苦しいほど、それだけ和寿への想いが深いということだ。


苦しみが嗚咽となって、口をついて溢れ出してくる。佳音は胸を押さえて、一人で時間を忘れて泣いた。




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