砂糖菓子より甘い恋1

四の二 そして再び夢の中へ

「毬、寝床で寝ないと風邪を引くよ」

甘く、囁くように龍星が言う。

およそ、彼の普段の口調とは異なるのだが、それはそれでしっくりくるから不思議なものだ。

川岸の桜の樹から、無人の牛車で帰ってきた龍星と雅之は、いつものように酒を酌み交わすことにした。
が、病み上がりの毬もそこに加わるといって聞かなかった。

『それとも、毬は、邪魔?』

不安そうに龍星を見上げるその仕草は、捨てられた仔犬そのものだ。
黒目がちな瞳が、潤むように龍星を見つめる。
その眼差しに龍星は簡単に折れてしまう。
形の良い紅い唇で甘い笑いを浮かべ、『こちらへどうぞ』と彼女を招いた。


しかし、やはり疲れていたのだろう。
毬が龍星の膝の上に頭を乗せて眠ってしまうのに、そんなに時間はかからなかった。

『姫、ここで眠ると風邪を引きますよ』

最初はそう呼びかけていた龍星だが、何度か呼びかけている間にすっかり近しい言葉に代わってしまった。
龍星の繊細な指先は、そっと毬の頭を撫でている。

それはむしろ、この場で眠っていて欲しいようにさえ見えた。


「毬」

再度、囁くように甘く、龍星が呼びかける。


普段の龍星しか知らないものが見たら……というか、龍星と親しい雅之から見ても……想像が出来ないほどの柔らかい口調。

そもそも、「龍星の膝枕で眠る」なんていう状況を見たら、都のどれほどの女性が卒倒するだろうか。
惚れた腫れたに疎い雅之にさえ、龍星の人気度合いが優れていることは分かる。

都随一の力を持つ陰陽師。
帝にさえ媚びない、凛とした態度。
見るものの視線を釘付けにする、整った容姿。
未だ浮いた話が一つもないことも、魅力の一つだった。


龍星は杯を置いて、毬を抱き上げた。

雅之は目を見張る。
この屋敷では、龍星が手を叩けば、何者かが彼女を運んでくれる。

酒の準備さえ自分でしない龍星が、自ら女性を抱き上げるなんて、これはもう前代未聞の大事件だ。


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