砂糖菓子より甘い恋1
「困ったな」

雅之は呟くと、懐から笛を取り出した。
先ほどまで吹いていたのとは、また、別の笛を。

「この笛に聞いてみようか?
 許してくれるかどうか」

「笛?」

どの笛かしらと、毬はようやく顔を上げた。
涙に濡れた頬に、風が優しく触れていく。
月の光の下だけでは、判別がつかない。

「毬姫の笛。
 今度はきちんと鳴るように、吹き込んでみたから。
 聞いてみて」

名手が吹けば、凡庸な笛でも甘い調べを奏でることができるのだ。
短い曲で、雅之はそれを証明してみせる。

「どう?」

子どもに言い聞かせるように、……否、実際、雅之から見れば毬はまだほんの子どもにしか見えないのだが……雅之が問いかける。

「私にも出来る?」

「練習すれば、大丈夫。
 姫がきちんと練習するなら、出来るようになるまで教えるよ」

くるり、と、毬が後ろを振り返り、二人のやりとりを眺めていた龍星を見た。

「お屋敷で練習しても良い?」

「もちろん。まだまだ花冷えしますから、そろそろ戻りましょう」

ごく自然に、龍星が毬の背中に手をかける。

「雅之様も、ご一緒?」

「ええ」

二人乗りだったはずの牛車の荷台は、いつの間にか四人乗りへと代わっている。

そして、いつものことながら、引く人もいない牛車は正確に安倍邸を目指してほとほとと進んで行った。

鬼の埋まった桜の樹を後にして。



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