冷たい舌
 そして、顔を上げて、こう言った。

「あ― ごめん。やっぱ、やめた」

 お~ま~え~っとさすがに殴りつけそうになる。

 透子は気配を察したのか、何もしていないのに、頭を押さえ、苦笑いして後ずさった。

「ごめんごめん。だってさ、やっぱり神事の最中じゃんっ」

 こいつに物を考えさせてはいけなかった、と殴らずに留めた拳を震わせた和尚を見上げ、透子はまだ頭を押さえたまま、あのさ、と笑う。

「淵、見張ってない?」

「あ?」

「いいじゃない。朝まで二人で見張ってようよ」
と、いつもの顔で言い出した。

 まったく― と溜息を漏らす。

 でもその方が透子らしくもあった。

 なんだか……なんだか、さっきの透子は―

 彼女は何か誰にもどうしようもないものに追い詰められているように見えた。

 だが、そうわかっていながら、和尚はそのことに気づかぬふりをしようとした。

 深く考えるのが怖かったのかもしれない。

 いや、考えてももうどうにもならないことだと、心の何処かで知っていただけなのかもしれない。

「……わかったから、服、着てくれませんかね」

 厭味にそう言ってやると、透子は、ごめんごめんと言いながら、ほっとしたように笑って見せた。
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