冷たい舌
 いつの間にか、和尚の意識は、その世界に自然に溶け込んでいた。

 口ごもる和尚に、先を読んだように、女は笑う。

 水際まで来ると、濡れた手を差し上げ、和尚の頬に触れた。

 冷たい指先だった―

 和尚は女から目を逸らすように、視線を斜め下に向ける。

 だが、そこには輝く水滴を纏った白い女の腕があった。

「どうする? お前も呪われてみるか?」
 嗤うように女の声が問う。

 もう、呪われている、と和尚は思った。

 年頃になって、いい加減嫁を貰えと言われても、ただ面倒くさいとしか思わなかった自分が、この女からは目が離せない。

「俺は……お前が俺に害を成すものだとは思わない」

 ふうん、と呟き、女は手を引いた。

 腕を組み、少し顎を突き上げ、こちらを見下ろそうとする。

 和尚は負けまいと、女の切れ長の眼の奥の、光に透ける黒い瞳を見つめる。

 その目から、弾き飛ばされそうな磁力を感じていた。

 近くに居れば、引き付けられるが、少しでも気持ちが引けた途端に、徹底的に拒絶されそうな。

「では、お前は私をなんだと思う?」
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