フキゲン課長の溺愛事情
「引っ越したから、これを返そうと思って」
「そうなんだ、ありがとう」

 啓一が手のひらを広げたので、璃子はそこに鍵をのせた。これで啓一との関係は本当に終わってしまうのだと思うと、ふたりで向き合っているこの時間を引き伸ばしたい、とさえ思ってしまう。

(啓一が私を思い出して、いい女だったなって思ってくれるように……お幸せに、とか言った方がいいのかな……?)

 でもやっぱりそんなこと言えないわ、と璃子が思ったとき、啓一が頭を傾けて、研究所のドアを示した。

 璃子は黙って彼の後に続いて外に出た。啓一も無言で歩き、研究所から少し離れた花壇の前で足を止めた。振り返って璃子に向き直る。

「あのさ、鍵を返してくれるのはありがたいんだけど」
「うん?」

 啓一が足もとを見て、数秒躊躇してから言う。

「なんで……友紀奈のことがわかったんだ?」

 友紀奈、と呼び捨てにする啓一の言葉が、璃子の胸の傷を増やす。

「なんでって……和田さんが自分から啓一の今の恋人は自分だって言ったんだけど」
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