フキゲン課長の溺愛事情
「山城くん」
「なに?」

 啓一が低い声で言った。彼と話していた同期の男子社員が璃子をチラチラと見る。その意味ありげな仕草から、彼らは璃子と啓一が別れたことを知っているのだとわかった。

(どこまで知ってるんだろう。啓一の新しい彼女のことも知ってるのかな……?)

 璃子はみじめな気持ちになりながら、啓一に言う。

「あの、ちょっといいかな?」

 啓一がしぶしぶといった様子で立ち上がった。コーヒーの缶をゴミ箱に捨てて、自販機コーナーから出てくる。

「なんの用?」

 冷たい声だ。

(啓一はいったいどれだけ私を傷つけたら気が済むんだろう。私はただ啓一のことが好きだっただけなのに……。あなたのその態度で私がどれだけ傷つくか、わかってないの?)

 悲しくて鼻の奥が痛み始める。泣いてしまう前に用事を済ませようと、璃子は手提げバッグの中から銀色の鍵を取り出した。
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