フキゲン課長の溺愛事情
「私、もう行くね。今日、課長の歓迎会なんだ……」
「うん……」

 啓一が小さな声で言った。璃子は黙って立ち上がり、彼の顔を見た。少し頼りないところがあって、そんな彼を放っておけなくて、ついつい世話を焼いてしまう。もしかしたらそんなところが啓一には鬱陶しく感じられたのだろうか。

「私のなにがいけなかったの……?」

 啓一がまたうなだれた。

「璃子が悪いんじゃないよ」

 俺が悪いんだ、というつぶやきに、どうしようもなく胸が苦しくなる。

(私のことが嫌いになったとか、そういうふうに振ってくれた方が諦めがつくのに……)

 けれど、それを言ったって、啓一は『璃子よりも好きな子ができた』と繰り返すだけだろう。今の璃子にとって、それ以上に残酷な言葉はない。

 璃子は五年付き合った同棲相手から目を逸らし、そのまま店の外へ出た。来る前よりも肌寒く感じるのは、日が落ちたせいか、自分がいないとダメだと思っていた彼氏に浮気されたあげく振られたせいか。

 璃子は小さく体を震わせ、首をすくめながら歩き出した。 
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