あの頃の私は知らない。





「こんな朝からどうした、忘れ物でもしたのか?」

「いや、えっと、音楽室の鍵を」

「音楽室?」


先生は不思議そうに首を傾げる。その様子を見て、サッと頭が真っ白になった。

そうだよ、そういう反応するに決まってるよ、だって私吹奏楽部でも何でもないんだもの。

どうしようかと思考を巡らす。きっと今まで生きてきた中で最も速いスピードで頭をフル回転させた。


「私、合唱コンクールでクラスの伴奏するんですけど、家のピアノがちょっと調子悪くて。練習したいので吹奏楽部の朝練が始まるまで、音楽室使わせてもらえませんか?」


咄嗟に出した言い訳にしてはなかなか上手いと自負しながら先生の反応を待つ。


「ああ、そういうことか。多分大丈夫だから持って行きなさい」

「ありがとうございます」


すんなり許可してくれた先生に、内心ガッツポーズをしながら音楽室の鍵を取る。

失礼しました、と早口で言って駆け足で二号館の三階まで上る。リノリウムの床に、上靴がきゅっきゅと音を立てた。





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