ウサギとカメの物語


毎年、社員旅行は忘年会も兼ねて12月に県内の温泉に1泊と決まっている。
会社が休みの土日を利用して、基本的には全社員参加で。
でも、もちろん真野さんのような主婦や、家庭の事情がある人は不参加でもいい。
独身で温泉も大好きな私は、自らすすんで参加していた。


よりによって誕生日に社員旅行か……。
宴会で社長とか上司とかに気を使いまくってビールを注ぎにいったりして、結局解放されるのは夜中。
それから奈々にお祝いしてもらうにしても(勝手にお祝いしてもらう気マンマン)、味気ない誕生日になるのは目に見えていた。


でもどっちみち一人ぼっちの誕生日になる予定だったんだから、賑やかに飲んで騒げるからいいか。
そう思い直すことにした。


支度を整えた私と真野さんが、今年の旅行先の温泉がどんなところかという話をしながら廊下を歩いていたら。
熊谷課長が向こう側から歩いてくるのが見えた。


給湯室での一件があってから、私と熊谷課長は仕事以外では一切会話をしていない。
言ってしまえば、デートをするようになる前の状態に戻っただけ。
でも、それで私は良かった。


真野さんと2人で通り過ぎる課長に「おはようございます」と挨拶をする。
「おはようございます」と、同じように課長も笑顔で応えてくれた。


課長が行ってから少し歩いた時に、真野さんがちょっと私の肩を抱くような感じで体を寄せてきた。


「ねぇ、コズちゃん?熊谷課長にもう興味は無くなったの?」

「えぇっ?どうしてですか?」

「だって、前と態度が全然違うんだもの。前はもっと……こう、挨拶出来て幸せ!みたいな顔してたから。他に好きな人でも出来たの?」

「残念ながら……そんな殿方いませ~ん」


ガックーンとテンションだだ下がりの私に気を使って、「あらら」と真野さんは少し焦ったように苦笑いをするのだった。


「コズちゃんなら引く手あまただろうにね~」

「そう言って下さるのは真野さんくらいです…………、ほんとに」


いつも真野さんは私をよく褒めてくれるから嬉しいけど、本当の本当に好きな人すらいないから虚しくなる。
このまま干からびて孤独死しちゃったらどうしよう、とさえ思うようになってきた。


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