ヴァイス・プレジデント番外編
意図せず、ふてくされた声が出た。

ただ、世の中って結局こうなのね、と思っているだけだ。

ようやく軌道に乗ったと思った瞬間、思ってもみなかった波にさっと足をすくわれる。

そしてそれは、くり返す。



「だから楽しいんじゃん」

「ヤマトさんは、何も変わらないから、いいですよね」

「それ、禁句ね」



おかしそうに笑って、口づけてくる。

なんだかやけに機嫌がいいので、城さんとお酒でも飲んだのかなと思って訊くと、違うよ、と返ってきた。



「すずがイライラしてるの、可愛いんだもん」

「イライラなんて、してません」



我ながらイライラした声になり、ヤマトさんが大笑いするのに、またイラっとする。

ヤマトさんは楽しげに、私の頭を抱いては、ひっきりなしにキスを降らす。

もう、とおしまいには私も噴き出した。



私も、お腹を気にしないウエディングドレスが着たかったです。

入籍と同時に式を挙げて、そろそろいいね、なんて言いながら子供をつくりたかったです。


でも、今も、幸せです。

ヤマトさんが、幸せそうだから。


本当の幸せってね。

幸せになってほしい人が、いることだと思うんです。

私、最近それに気がついたんです。


久良子さんと離れている間も、延大さんは、不幸ではなかったでしょう。

それはきっと、久良子さんの幸せを願っていたからだと思うんです。


あんなふうにお別れしたって、ルリ子さんはきっと、不幸せではなかったでしょう。

なぜなら延大さんの幸せを、心から願っていたから。


幸せってね。

そういうことだと思うんです。


ヤマトさんが、ひざの間に私を入れてくれる。

首に腕を回してキスをすると、優しく腰を抱いて応えてくれた。



「いつまで照れるつもりなんですか」

「もうこれ、治んないんだよ…」



首のあたりを染めて、不本意そうに顔をしかめる彼が愛しくて、笑う。



愛しくて、愛しくて。

愛してます、とささやいてみたら。



そういうの、なしね。



耳を、真っ赤にして。

弱り果てたような声で。


大好きな人がそう、つぶやいた。





Fin.




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