許嫁な二人

 そんなこと何も透からは聞かされていない。

 透には、”一緒にいたい” といわれたけれど、”だめだ”と自分は
 言ったのだし、、、。



   「唯、自分の心に素直になりなさい。」



 最後にそう言い置いて、父は部屋をでていった。

 唯は、何もできずただそこに座ったままだった。


 

 答えを両親につたえれないまま、唯は東京へ戻った。

 戻ってすぐ、千賀子さんに誉がまっているから、弓道着に
 着替えて弓道場へいくようにといわれ、唯は弓道場へむかう。

 一礼してそこに入って、唯は体をこわばらせた。

 弓道場には、誉のほかに、弓道着を身につけ矢を射る透がいた。



   「久しぶりにやってみたいと瀬戸さんに言われてね、
    お付き合いしていたところだ。」



 唯の姿をみとめて、誉がそう言った。

 透も屈託のない笑顔をむけてくる。



   「久しぶりも何も、手に負えませんよ。」

   「筋がいいですよ、ブランクなどすぐに取り戻せます。」



 目の前で透が弓をひいている。

 心持ち左にあたまが傾く癖は、かわっていない。

 小さな癖も、弓を引いた後のちょっとホッとした表情も。
 
 あの頃は透のどんな姿も目に止め、胸に焼き付けていた。

 だから今でも、透の姿を鮮明に思い出せる。
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