許嫁な二人

 境内からは、踊りのお囃子の音が聞こえている。

 地域の保存会の人が、碓氷神社の夏の宵まつりに踊る伝統の
 踊りがおこなわれているからだ。

 唯は巫女の姿で、神主の父にしたがっていた。

 拝殿での祭事が区切られ、開かれたお社から白い幕をはった
 輿にうつされた御神体の鏡が表にでていく。

 参道にはたくさんの人がつめかけていた。

 社をでて参道をぐるりとまわる御神体の近くで、体についた
 穢れを祓ってもらうためだ。

 唯は父とともに輿について歩く。

 参道の半ばまできたとき、つめかけた人の中に透の顔をみたような
 気がして、唯は足を止めそうになった。

 だが、止まることなど許されるはずはなくて、唯は気にしながらも
 足をすすめた。

 参道を巡り終え、御神体をおやしろに戻す祭事の間も、唯は少しも
 集中できないでいた。
 
 祭事がおわって、父とともに社務所にもどり唯はやっとほっと
 息をついた。



   「今年も無事に終わりましたな。」

   「いろいろとありがとうございました。」



 父が氏子の代表の人と話をしている。

 祭事の緊張がとれて、社務所の中はざわざわとしていた。



   「唯!」



 名前をよばれてふりかえると、良世が戸口のところで手招きをしていた。



   

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