早春譜
 沙耶の説明でさっき垣間見た光景を思い出した秀樹。


(ママ……やっぱりあれはママだったんだね)
秀樹は泣いていた。
美紀が背負わされた十字架の重さを感じて。


(どんなにパパを愛しても、きっとパパは美紀を拒む。だって、パパはママが命だったから。例え美紀の中にママを感じていても……。だから親父……
こんなに時間がかかったのか? ったく、しょうがねぇ親父だ……)


直樹も泣いていた。


(美紀……だから、だからパパが好きだったのか? でも……俺には今しか無いんだ。ごめん美紀……幸せになる邪魔をさせてくれ!!)




 祖父のエスコートで、一歩一歩祭壇に近づく美紀。


「待ったー。その結婚待ったー!!」

それでも駆けつける三人。

その姿を見て、沙耶も歩みを進めた。


(ちょっと待った! 自分も行きたい。正樹の元へ行きたい! 素直に好きだと言いたい)

でも……
沙耶は躊躇った。
美紀の中で、結城智恵が……、長尾珠希が微笑んで居るのが見えたからだった。


(お姉さん……)

沙耶は又しても、壮大な珠希の正樹を思う心に折れたのだった。


でも屈辱ではない。
清々しい負けだった。


「美紀ちゃんー!」
沙耶は思いっ切り大きな声を掛けた。


「幸せになってね!!」

そう叫びながら、沙耶はいつの間にか微笑んでいた。

姪を嫁がせる叔母の心境になって。




 どうしても諦めきない大は、二人を引きずって駆けつけた。

当たり前だった。
正樹は本当に美紀を大に託す気でいたのだ。

大はそれに気付いていた。
だから強気だったのだ。


それでも、今更ながらに美紀の前に跪き再度手を差し伸べプロポーズをする。


「美紀ちゃんー。お願いだー!!」


「どうか、俺達を見捨てないでくれー!!」


「お母さんなんて、呼べる訳がないよー!!」

みっともない程足掻き、拝み倒そうとする三人。




 「ありがとう秀ニイ。ママのラケットを遺してくれて……優しさをありがとう」

その言葉を聞いて、秀樹は固まった。


(やっぱり!? 知っていたのか?)

何時も明るく振る舞っていた美紀。
その陰で涙を拭う美紀を秀樹は想像していた。


「ありがとう直ニイ。私を甲子園に連れて行ってくれて……思いやりをありがとう」


(いや、美紀。それを言うのは俺達の方だよ)

美紀が何時も傍にいてくれたからあのホームランが打てたんだ、そう直樹は思っていた。




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