早春譜
 淳一に送られてマンションの前に着いた時には夜になっていた。
その時詩織は淳一の怪訝そうな顔を目にした。


「どうしたのですか?」

詩織の発言に淳一はハッとしたようだった。


「この鍵だけど……もしかしたら、君のお母さん最近結婚してない?」


「はい。工藤って方と……、えっもしかしたら」


「どうやら俺の親父らしい」

工藤淳一はそう言いながら、自分の財布から鍵を取り出した。


――ガチャ。

驚いたことに淳一の所持していた鍵で、玄関が開いたのだ。


「君のお母さんはテレビ局の仕事でカルフォルニアに行って親父と出会ったんだよ」


「お父様は何をなされているのですか?」


「フリーのジャーナリストだ。カルフォルニアでの代理母の事情を調査していたんだよ」


「はい? 何ですか、それ?」


「代理母ってのは、子供の出来ない人の子供代わりに産むサービスだ。カルフォルニアでは盛んらしいんだ。親父は《あの人は今》ってコーナーを任されていて、だからアチコチ飛び回っているんだ」


「ああ、それで再会した訳?」


「君のお母さんも確か担当になったとか聞いたけど……」


「はい。今度特集があって、行かされました」


「さっきの言葉だけど覚えている?」


「はい」

詩織には『責任は俺が取る』発言の撤回だと解っていた。


「君との約束、守れそうもない。もしかしたら俺達は本当の兄妹かも知れないから……」


(工藤先生もそう思ったのか……)

仕方なく頷いたら、涙が詩織の頬を伝わった。


(あれっ、私なんで泣いているの?)

本当は詩織には解っていた。
淳一に恋をしていることを……
だから淳一の『俺達は本当の兄妹かも知れないから……』の発言に戸惑っていたのだ。




 (会心の一撃って言うのかな?)

本当は戸惑っていた。
まさか詩織が妹になる存在だとは知らずにトキメイてしまったからだった。


会心の一撃と言うのはクリティカルヒットの直訳で、止めの一撃なのだ。


淳一は本気で詩織に惚れてしまっていたのだった。




 マンションには淳一の部屋も準備されていた。

それは、淳一の父より送られていた二つ目の鍵が証明していた。


――ガチャ。

淳一はおもむろに其処を開けた。
そしてそのまま部屋に籠ってしまったのだった。


淳一はどうすることも出来ず震えていた。
そんな姿を詩織に見せたくなかったのだった。



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