早春譜
 なかなか部屋から出て来ない淳一に、詩織は不安になっていた。
実は詩織は入学式の時点で既に淳一にトキメイて、好きになっていたのだった。


(工藤って名前だけじゃなかったのかも知れない)

詩織はただ震えていた。




 そんな時マンションに直美が訪ねて来た。

淳一のこともあるから詩織は気が気でなかった。


その時、淳一が部屋から出てきた。


「どうして此処に工藤先生が?」


「実は、俺達は兄と妹なんだ。コイツがこんなになって歩けないから、明日から俺が一緒に通学することにしたんだ」

淳一は口から出任せを言った。


「本当なの詩織?」

直美の言葉に仕方なく頷いた詩織だった。




 「でも詩織。昔の名前は……」


「先生、直美は私の保育園時代からの親友なの。だから本当のことを話さないと……」


「あっ、そう言うことか。それが……さっき送って来てから兄妹だったと知ったんだ」


「何それ?」


「あのね直美、驚かないで聞いてね。母が再婚した相手が、先生のお父さんだったの」


「えっー!?」


「学校には兄妹だってことにして暫く送り迎えすることに決めたんだ。それだからよろしく頼むよ。怪我をさせてしまったのは俺だからね」


「だから、責任持って送り届けるってことね。詩織は工藤って名前だったから先生に興味が湧いたらしいの。でも、まさか……」

直美は淳一と詩織の顔を何度も見比べていた。



 「ところで詩織。あの学校スマホ持ち込み禁止なんだって、知ってた?」


「あっ、それは生徒会で決まったことらしい。だけど、実際には持ち込み禁止までにはなっていないようだよ。噂が先走りしているようだな」


「えっ、どう言うこと?」

二人同時に言った。


「授業中にゲームやメールだけじゃなく如何わしいマンガを読んでいる生徒達もいて……」


「つまり脅しですか?」


「そういったとこだと感じたけど……ヤバい。俺から聞いたって言わないでくれよ」

淳一は両手を顔の前で合わせた。


「ところでその生徒会の会長は誰なの?」


「詩織野球部のマネージャーになりたがっていたでしょう。その野球部のキャプテンなのよ」


「でもこの足じゃ……」


「マネージャーは無理か?」

直美の言葉に詩織は項垂れた。


「あっ、そうだ直美。私の代わりに野球部のマネージャーやらない?」


「えっー!?」

直美は思わず叫んでいた。


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