早春譜
 「もしかしたら、私と帰る前におしゃべりしていたのは?」


「私だったようね」

美紀は詩織の事故を知っていた。
だから直美がマネジャーを志願したことも……


「彼女、自分の不注意で骨折したことを悔しがっていたの。ただから私が代わりにマネジャーを志願したんです」


「あらっ、工藤先生のせいじゃなかったの?」


「夏の高校総体の後で殆んどの三年生は引退するけれど、野球部はその後も色々あるから大変ですね」

美紀の発言に直美は思わず息を呑んだ。そして慌てて話題を変えた。


「だけど、遣り甲斐があります」
美紀は直美の態度に何かを感じ取ったけど、力強く言い放った。


「ソフトテニス部の後輩を育てる、ですか?」

直美の指摘に美紀は頷いた。




 ソフトテニスのインターハイ。
所謂高校総体は毎年六月に行われる。
今年は六月九日の九時より第一戦が始まり、翌日に最終日となる予定だった。

それは、その月の終わりに全国大会が行われるからだった。


優勝した組は通称・ハイスクールジャパンカップに出場できるのだ。
そのスポーツの祭典は、ソフトテニスに限らず多種多様で高校で運動部に所属している者の憧れだったのだ。

美紀の育ての母の珠希も此処に出場していたのだ。
それが結局国民体育大会への足掛かりとなったのだった。
だから美紀も一生懸命だったのだ。


みんな全国大会出場をかけていた。
特に三年生はその大会で引退するのだ。
そして全ての部活の権限を後輩に譲る。
そのための花道だったのだ。


「ところで、ソフトテニスの試合の結果は?」


「あ、ははは。負けちゃったのよ」

美紀は笑っていた。
本当は意地でも勝ちたかったのに……


直美との会話があの日を思い出す。
その時の試合が走馬灯のように脳裏によみがえっていた。


(ママごめんなさい。本当は私が負けたいと思ったの。それなのに……、ママのせいにして)

美紀はあの日、珠希の形見のラケットをいつまでも抱き締めていた。




 『私がソフトテニスで負けたのは、兄貴達と一緒に甲子園に行きたいからなのよ』

それでもあの日言ってしまった。


『だって、ハイスクールジャパンカップで家を空けられない。私は兄貴達にベストコンディションで戦ってほしかったの』
と――。


言い訳だと解っていた。
でも大は肩を震わせて泣いていた。
美紀の発言で親友同士のラブバトルは一時休戦したのは事実だったのだから……
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