早春譜
 「帰り花より戻り花の方が綺麗な気がするね」


「捉え方とニュアンスの違いだな。句には季重なりってのがあって、あまり好まれないようだ。例えば秋に菫が咲いていたとする。菫だと解ってほしくて、ついつい菫の戻り花って詠みたくなるだろう? それを書かずに表現しなくちゃいけないんだ。でも君達はまだ始めたばかりだ。素直に表現するのが一番だと思うよ」


「そうですね。最初から形式ばかりにとらわれていたら、個性がなくなりますね」


「その通りだ。さあ、君達の個性を存分に発揮してくれ。今から自由時間だ。でもあまり遠くにいくなよ」

淳一の合図で詩織は歩き始めた。
でも殆どこ会員は淳一の傍にいた。


「どうした?」
淳一が困ったような声を出した。


「私達は素人なのよ。もっと先生から俳句の知識を聞きたいの」

一人が言うと皆頷いた。


(しまった。私も彼処に居ればよかった)
それを聴いていた詩織は自分の行動を悔やんでいた。
それでも今更戻れるはずがない。
詩織は仕方なく、土手に咲く小さな花を見ることにした。


それは韮の花だった。


(へー、もう咲いているんだ)

本当は淳一のことが気にかかる。
でも冷静でいようと努力しているのだ。
本当は韮の花どころではなかったのだった。


(工藤先生私を助けて。此処に来て……)

詩織は皆に気付かれないようにそっと淳一にアイコンタクトを送った。




 淳一も戸惑っていた。
生徒達に慕われるのは嬉しいけど、本当は詩織の傍にいたかったのだ。
淳一が俳句同好会の顧問を引き受けたのは、正々堂々と一緒に居られると思ったからだったのだ。


何時の間にか詩織を深く愛し始めていることに淳一が気付いた瞬間だった。


詩織の気持ちは度外視しても、淳一は並んで居たかったのだ。
だから今すぐにでも詩織の傍に行ってやりたかったのだ。
詩織のアイコンタクトは間違いなく淳一に届いていたのだった。


それでも、淳一も詩織もお互いを兄妹だと信じているとばかり思っていたのだ。


生徒達もそう思っていたようで、二人が一緒にいても平気だったのだ。


(ポーカーフェイス。ポーカーフェイス)


以心伝心とでも言うのだろか。二人共同時に自分に言い聞かせていたのだった。


そんな二人の気持ちも他の会員達は知らず、吟行は和やかなうちに終了したのだった。


その後で事前に使用許可をもらっておいた図書室へ移動することにした。

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