早春譜
 「次回の予定は日曜だ。森林公園駅には無料駐輪場があるから、其処まで自転車を走らせて川越へ行くつもりだ」


「わぁ、行きたい」
皆口々に言った。


「駐輪場だけど、行田駅前も無料なんだ。皆、どっちが良い?」


「JRだと大宮駅から乗り換えがあるから、森林公園駅の方が……」

詩織の言葉に皆頷いた。


「ただし遠いから覚悟してけよ。それでは今日は此処まで」

淳一の言葉と共に第一回の俳句勉強会は終了した。




 「私、菓子屋横町に行きたいな」

草いきれと詠んだ生徒がお喋りしていた。


「最初私、臭いキレだと思ったよ。でも熱気ムンムンのことだと知って、これで勝負しようと思ったのよ」


「勝負?」


「そうよ。でも流石に工藤先生だね。ちゃんと意味知っていたものね。人が沢山集まっている場合は人いきれって言うのよ。これかどっちか迷ったんだけど、土手だったから草いきれにしたんだ」


「それいただき」


「ちょっと待って、それじゃあまりにも芸が無さすぎるわよ」


「それじゃ、何かいい言葉ない? 私も注目されたいから……」


「あっ、それならいい本があるよ。歳時記って言うの。季語が殆ど載っているから便利よ。今じゃスマホからアクセス出来るサイトもあるから検索してみたら」

そう言いながら、彼女は分厚い本を取り出した。


「これが歳時記、へえー凄い」
彼女は早速目次を開いたようだ。


「春、初春、完明。今は暑いけど秋だから……。秋、文月、八月。あれっ、八月って秋なの?」


「そうらしいわね。次に立秋ってあるでしょう? あれが八月の七日くらいだからかな?」


「だから八月も秋にしちゃったのかな?」


「旧暦が関係していると思うのね。八月十五日が中秋の名月だからね」


「十五夜か……。あれは確かに秋だ。うん、きっとそうだね」


「それじゃ、此処からお借り致しますね。あーあ、川越楽しみだ」




 予定通りに皆自転車で森林公園駅にほど近い、陸橋下の無料駐輪場に集まった。


「吟行や、見上げる空に、白い月」
駅に向かう道で彼女が言った。


「ダメだよ。月は空に浮かぶ物だから、別な言葉で表現しなければ」


「ま、固いこと無しで。まだ皆俳句を始めたばからだから、高度なテクニックは無しってことにしよう」

淳一の発言に草いきれと詠んだ生徒は黙ってしまったのだった。




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