Time Paradox
8人はアーノルド家の大きな車に乗って森へと入り込んだ。

「リリアーナ、森ならどこでもいいんだよな?何にも書いてなかったけど…」

リリアーナは慌てて絵本を開いた。

「…えっと、挿絵では森の中の開けた所って感じだわ。大きな木が一本立ってる。」


リリアーナの手掛かりを頼りに車を走らせると、それらしき所に辿り着いた。

「…ここのはずたわ。」

リリアーナは挿絵と今いる場所を見比べたが、真ん中に生えている飛び抜けて大きな広葉樹は絵とそっくりである。
さらに挿絵と同じような小さな草花もたくさん咲いている。

あの老紳士はここをそっくり描いたのだ、ということが一目でわかる。

リリアーナが絵本を手に車から降りると、皆も後に続いた。

「それにここ、私が何度も夢に見た場所だわ…!」

リリアーナのスカイブルーの瞳は陽の光を一身に受け、嬉しそうに輝いている。

リリアーナは大きな広葉樹の真下に絵本を開くと、その木から数歩下がった所で止まった。

そして何を思ったのか、両手を大きく広げている。

「あの絵本ではみんな手を繋いでたの!それで自分の知ってる子守唄を歌って!」

リリアーナはそう言って近くにいたジャックとデイジーの手を繋いだ。
掴んだという表現の方が正しいかもしれないが。

他の人もそれを見て輪を繋ぐ。


そしてリリアーナは自分の思い出の詰まった子守唄を口ずさむと、皆もそれぞれ思い思いの子守唄を歌い始めた。

するとなぜかリリアーナの歌っているものがメロディー、ジャックの歌は対旋律、アーノルド家の親子達は流れるような伴奏となり、1つの曲が完成していた。

アーノルド家のみんなが歌っているハーモニーの伴奏は、本来同じ曲のはずだが奇跡的にズレた音程が三度ずつ重なっている。

そして誰とも同じではないが、ゆったりとして全体に溶け込むような内旋律をデイジーは歌っている。


曲が終わりに近づくと、中心にある大きな木が金色の光で包まれ始めた。

それがどんどん上に昇っていき、ついに横に広がり始めると、8人は光の中に包まれる形になった。

眩しいほどに輝く木を見上げると、そこにあるのは木ではなく、金色のドレスを身に付けた美しい妖精の姿だった。

みんなはその美しさと驚きのあまり、思わず口を開けたまま何も言えなくなってしまった。


妖精は8人全員をぐるりと見回すと、微笑みながら言った。

「見事な歌だったわ。こんなにたくさんの人間が私達妖精を呼び出すのは何百年振りかしら?それもきっと、妖精と人間の仲が良かった頃の話よね…って、あなた達に話したって分からないわね。」

妖精は意外にハスキーな声で話し始めたが、そこで一度言葉を切ると、にっこりと笑って足元に落ちている絵本を拾い上げた。

その絵本を持った時初めて、妖精が人間よりもずっと小さいサイズであることに気が付いた。

「…ふぅん、あなた達はこの絵本から情報を仕入れたのね。それにしてもこの本の著者は誰かしら?今生きている人間で私達の呼び出し方や交渉の仕方を知っている者がいるだなんて。」

その妖精は絵本を手に、純粋に感心したような反応を示した。

「…だけど私達、人の人生を変える答えを教えてはいけないことになっているの。」

妖精は残念そうに言うと、丁寧に絵本を元の場所に置いた。

「じ、じゃあ過去に連れて行ってくれるっていう話は…」

「もちろん、交換条件ならアリよ。それに、答えは教えられないけどヒントなら与えてあげられるみたい。だから私達が要求する物の条件を満たしたら、いつでも過去へ行かせてあげるわ。私達が欲しいものって言うのはね…」

妖精はそこまで言ったところで、焦らすかのようにみんなの目を順番に見つめていく。

「…そうねぇ…よし!一番分かりやすいのはあなただわ!あなたのその晴れた空のような瞳…それが欲しいわ。」

リリアーナは一瞬妖精が何を言っているのか分からなかったが、すぐにその残酷な発言に息を呑んだ。

「あらやだ勘違いしないでちょうだい!違うのよ、あなたのその瞳そっくりの物が欲しいの。人間の目玉をくり抜くだなんて気味が悪いでしょう?」

妖精はいたずらっぽく笑うと、リリアーナも大きく息を吐いた。

「これ以上は言えないわ。答えを言っているのと同じことだもの。でもこれで分からないのなら相当よ?それじゃあ、あなたの瞳に代わる物を持ってきた時、またお会いしましょうね?」

妖精はそう言ってひらひらと手を振ると、またまばゆい光の中に消えていった。


8人は黄金のベールのような光が消えるまでぼんやりと見つめていた。

リリアーナは木の下の絵本が目に入ると、思い出したようにそれを取りに行った。

「…結局はっきりした事は教えてもらえなかったな。」

ジャックがまだ放心しているかのような顔で言う。

「…そうね。私の目玉を要求されてるのかと思ってびっくりしちゃったわ。」

リリアーナは身震いするような仕草をして見せた。


8人は車に乗ると、またアーノルド家へと引き返して行った。
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