Time Paradox
だが突然、近くにあった植え込みの辺りでガサガサと音がして我に帰る。

振り返ると、小さな黒い影がマイペースに横切っていった。

「…なんだ、猫か。」

「見て!足だけ真っ白で靴下履いてるみたい!」

リリアーナの言うように、その猫は体が真っ黒で、足先と鼻の辺りだけが真っ白い毛で覆われていた。

「可愛いな…この距離で逃げないって事は少しくらい触らせてもらっても大丈夫なんじゃないか?」

ジャックがしゃがみこんで恐る恐る手を近付けると、猫は彼の手の匂いを嗅ぐようにして白い鼻を近づけた。

「それに、ほら。尻尾が曲がってる…たまにいるんだよな、生まれつき尻尾が折れてるような猫。」

その猫は尻尾の先が7の数字を描くように曲がっている。

リリアーナもそっと頭を撫でようと手を近づけたが、スレスレのところでかわされてしまった。

「…あーあ。」

猫はそのまま森の方へと入って行ってしまい、ジャックが肩を落とした。

「でもここまで近付いても逃げないなんて、誰かに飼われてるのかもしれないな。野良だったら少しでもパーソナルスペースに近づけば全力で逃げるだろうし…。」

「…ジャックって意外に猫好きだったのね。」

リリアーナが横でニヤニヤする。

「そりゃあ、誰が何と言おうと猫好きだよ。…実は昔飼ってたんだ。」

「飼ってたって…いつ頃?」

「あれはまだ城で働いてた頃だったかな?前までは城の周りに猫なんて見かけた事がなかったんだけどさ、だいぶ朝晩が冷えるようになってきたような頃…ちょうど今の時期あたりだと思う、使用人専用入口の方にある室外機の上に猫がいたんだよ。
すごい子猫ってわけでもないんだけど大人の猫よりは少し小さいかなってくらいで、昼間の陽光に温められて気持ちよさそうに寝てて…。それがすごい可愛くて、それから毎日ちょっとずつ、こっそり俺の残した肉や魚を与えてたんだけど…しばらく経ってから、それが父さんにバレて怒られたんだ。」

いまいちリリアーナは普段穏やかなセドリックが怒るところを想像できず、ピンと来なかったが、この話にはまだ続きがあるようだった。

「何でも、猫を城の周りでうろつかせていると庭師が怒るらしいんだよ。まぁフンの始末とかなんかで仕事が増えるみたいで、城に動物を連れ込まないって言うのが暗黙の了解らしかったんだ。それで庭師に知られたらめんどくさいことになりそうだったから、そのまま俺らの部屋で飼ったんだよ。」

「なるほどね!でもあの日仕事を辞めて家が変わってから、その子はどうしたの?」

リリアーナは尋ねると、ジャックは笑いながら言った。

「駅で飼ってたよ。俺らが仕事してる間も駅員室に入れてた。乗客に色々文句とか言われると思ったけど、意外に好評みたいで、それからは看板猫になったよ。」

ジャックの話だと、あの日リリアーナが人間界行きの列車に飛び乗っていた時、セドリックとジャックは大荷物を抱えて見ていたらしいのだ…猫と一緒に。

想像してみるとすごくカオスな光景である。
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