とっくに恋だった―壁越しの片想い―


「HP削られたって、会社でなんかあったのか?」
「ああ……別にたいしたことじゃないんですけど。取引先にひとり、梨元さんっていう嫌な社長さんがいて。
その人、嫌味言って泣かすのが趣味みたいな感じなんです。だからうちの会社では〝ネチ元〟って呼ばれてるんですけど」

平沢さんは「ネチ元って」と、ふはっと笑いを吐き出す。

「普通、顧客には決まった担当がつくんですけど、梨元さんは同じ人だと飽きるし毎回ローテーションして欲しいっていう方で……まぁ、クレーマーと似た感じで、厄介な人っていうか。でも、大手の取引先社長なので、うちも強くでられずに要求をのんで、担当はローテーションしてるんです」
「あー……まぁ、どこにでもいるからなぁ。面倒くさい客は」
「前回行った女性社員なんて、相当言われたみたいで社に戻ってきてからボロボロ泣いてました」

「うわー……」と平沢さんが呟くように言う。

「今日は私が行って……そしたらなんか、愛想がないだとか、女のくせにニコニコできないなら会社にいる意味がないだとか言われて」

肉じゃがに箸を伸ばしながら続ける。

「全部、聞き流して、最後は嫌味返しに、にっこり笑ってやったんですけどね。なんか、聞き流したつもりでもストレス溜まってたのか、帰り道で一気に疲れちゃって」

あのあともネチ元さんは、最近の子は仕事をお覚える前にやることやってすぐに出来ただなんだと仕事を平気で辞めていく……と、セクハラなんだかパワハラなんだか、それとも両方に当てはまるのか、そういったことをネチネチと続けた。

肉じゃがをもぐもぐとしながら、それを一通り話して息をついた。
溜まっていたストレスを身体の中から抜き落とすみたいに。


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