とっくに恋だった―壁越しの片想い―


男の人と女の人の話し声には、それぞれ聞き覚えがあって、片一方が平沢さんだと気づくとすぐに、女の人の声が鳥山さんだとわかった。

恐らく、平沢さんの部屋も窓が開いてるから、こんな風に聞こえてきてしまうんだろう。

別に、そんなに大きな声でもないし、テレビでもつけていれば聞こえない程度の大きさだし、と、窓は開けたままテーブルの前に腰を下ろす。

リモコンでテレビをつけ、適当な番組に回してから「いただきます」と手を合わせた。

充分すぎるほど温められたドリアに、ふーふーと息を吹きかけてから口に運ぶ。

おいしいと感じることのできる舌に、こういうとき、食にうるさくなくてよかったと思う。
こだわりなんかあったら、ひとり暮らしする上で死活問題だ。

食べることにこだわりがないことは、親にはもっとちゃんとしないと、みたいに小言を言われたことはあるものの、今となっては長所なんじゃないかとすら思えてくる。

だって、ひとり暮らししているのに毎日自炊、なんていうレベルの高いことは私にはできないし。

まぁ……平沢さんみたいに、毎日のように自炊できちゃうマメな人もなかにはいるのだろうけれど、あっちが特殊だ。
仕事で疲れてるくせに。

スプーンをくわえながらそう考え、平沢さんがいつか鳥山さんのことを話していたなぁと思い出す。


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