思いがけずロマンチック
「唐津さん、ここに居たんだね」
ふいに呼ばれて振り向くと笠間さんの笑顔。柔らかな笑みが私の纏っている張り詰めた空気をするすると解いていく。
「笠間さん? どうしてここに?」
「手土産にと思って焼き菓子を持って来たんだ、急いでたから電話を忘れて連絡できなくて焦ったよ」
笠間さんは早口で言い終えて、大きく息を吸い込んだ。つられて私も息を吸い込んだ。ふうっと吐いたら肩の力が一気に抜けて、乱れた呼吸がずいぶんと落ち着いた。
「ありがとうございます、よかったら御一緒に……」
「いいんだ、すぐに帰るから、会えてよかったよ」
笠間さんのかざした両手には大きく膨らんだ紙袋。ふわりと甘くて香ばしい匂いが漂ってくるような気がして、鼻を近づけたくなる。
すると突然、笠間さんの笑顔が強張った。
視線を辿る間もなく黒いスーツの男性が、私たちの横を速足で通り過ぎていく。凛とした後ろ姿は紛れもなく有田さんだ。その後ろを追いかけるのは彼女。
「樹、覚えておいて、私はあなたのことを愛してる」
有田さんを引き止めるように投げかけられた声は力強い。力のこもったはっきりとした口調が、彼女の気持ちの強さを表しているように思える。
だけど有田さんは彼女を振り返ることなく、私たちを振り返ることもなく、まっすぐに会場へと向かっていった。