強引なカレの甘い束縛
お店の奥に視線を向ければ、さっきまで稲生さんを縛るように見つめていた瞳とぶつかった。
バイオリンのことなんて知らないし縁もないけれど、たしかに雑誌やテレビで見たことがあるような黒い瞳。
女性客を相手にして笑顔を浮かべているけれど、その体は絶えず稲生さんを意識している。
けれど、稲生さんはかたくなにその視線から背を向け、ふっと息を吐いた。
「私、そろそろ帰りますね。今週は疲れました。じゃ、春川さんとごゆっくり」
「え? まだ、ほとんど食べてないのに」
「あ、せっかく作ってもらったのに、すみません。だけど、今日は……帰ります。すみません、お代は来週、払いますね」
そう言って、稲生さんは席を立ち、頭を下げた。
私にちらりと向けられた瞳は潤んでいて、涙を我慢しているとわかる。
ここに来るのをあれほど喜び、楽しげにしていたのに。
「あの、輝さんにもよろしく伝えていただけますか。じゃ、お疲れ様でした」
稲生さんは足元のかごに置いていたカバンを手に取ると、もう一度頭を下げてくるりと背を向けた。
そのまま足早に立ち去り、お店を出た後ろ姿は焦っているようにも見え、陽太と顔を見合わせた。