オフィス・ラブ #another code
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考えられない。

憤りというよりは、尊敬といったほうが近いかもしれない。

ビル内にあるインフラ専門の関連会社からの帰り、喫煙所のスツールにぐったりともたれ、出がけのやりとりを思い返した。



『君くらいだよ、まだ話もさせてくれないのは』

『申し訳ありません、導入が佳境なもので』

『夜が難しければ、昼食でどうだろう』



残念ながら、最近まともに昼食をとった記憶がありません、と礼儀正しく返事をする。

それは事実だったのだけれど、参謀と呼ばれるその男は、ただの断り文句と受けとったらしかった。



『そろそろ、それが最終的な返事と思わせてもらっていいのかな?』



何か言う前に、新庄、と加倉井が鋭く呼んだ。



『AISとの打ち合わせ、出ない気か』

『申し訳ありません、今行きます』



すばやくデスクの上の資料を手にとり、参謀に頭を下げてその場を辞去した。

40歳そこそこと見られる参謀は、仕方ないという顔で軽く笑うと、さっさとフロアを出ていった。


好きじゃない顔だ、と思った。

挑戦や刺激を、楽しんでいない顔だ。

退屈な日々に倦んで、ゆがんだ方向にしか楽しみを見出していない顔だ。



『ありがとうございます』

『念のため、本当にAIS行っとくか』



打ち合わせというのはもちろん加倉井のホラで、持ってきた資料も、ただのスケジュールの出力だ。

最初に「目をつけられて」からもう数週間、こうした攻防が続いていた。


早い段階から楠田と加倉井が情報をくれ、フォローしてくれたおかげで、記憶する限りではひとつのミスもなく対応できていた。

初回と似たような誘いがくり返しメールで届き、そのたびそつなく断り。

時にはこうして、本人が声をかけに来るまでになった。

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