落日の楽園(エデン)
 


「早くする」

 休み時間、短く言い捨てる舞に、はーい、と返事しながら、亮子はA組の教室を覗いた。

「いないなー、沙知(さち)」

「まあ、妥当な線ね。沙知なら教科書全部置いてるだろうから」

 そう呟いたとき、目の端に大きな男を捕らえた。

 長身の舞が見上げるほどのその男に、教室の中を覗いてた亮子が気づいて、声を跳ね上げる。

「春日くん!」

 無駄に端正な顔をした春日は、すっと通った鼻筋に、薄い銀縁の眼鏡を掛けているが、それがまた、厭味なほどよく似合っていた。

「春日くん、ごめん。もしかして、地理の教科書持ってないかな?」

 亮子は可愛らしく手を合わせて春日に訊く。

 ほんとうに可愛い、と思って舞は見ていた。

「地理? ああ、そういや、置いてたような……」

 その返事に舞は呆れた顔をする。

「貴方ともあろう人が、教科書置きっぱなし?」
< 4 / 65 >

この作品をシェア

pagetop