今、鐘が鳴る
京滋バイパスから名神に入ってしばらくして、碧生くんがため息をついた。

「ごめん。ホントに怒ってるわけじゃないから。」
「……そうですか。」
敬語になった私に碧生くんは苦笑して、私の手を握った。
運転中で危ないのに。

「ごめんって!機嫌直してよ。ねえねえ。」
ぶんぶんと繋いだ手を上下に振る碧生くん。

「不機嫌になったのは碧生くんだもの。」
涙がホロッとこぼれた。

「……うん。焼き餅焼いた。ごめん。泉さん、百合子のことまだ好きなんじゃん、って。2人の間にしっかり絆あるじゃん、って。」

謝られても、同時に責められてる気分だわ、それ。
黙ってる私の頬に碧生くんはフワリとキスした。

「この数ヶ月、百合子を独占してるつもりになってた。過ぎたことは今さらどうしようもないのに。」
碧生くんはそう言って、もう一度キスして、万葉集の和歌をつぶやいた。

「あかねさす紫野行き標野(しめの)行き 野守は見ずや君が袖振る」

……知ってるわ、それ。
天智天皇と聖武天皇の兄弟2人ともとかつて関係した額田王(ぬかたのおおきみ)が、昔の関係をネタに読んだ歌でしょ?
宴会の余興とは言え、ずいぶん大胆な自由恋愛っぷりに驚いた記憶がある。

「天智天皇って、よっぽど心が広いか、色ボケしてたか、とっくに額田に飽きてたか、自信家だったんだと思うよ。見つめ合っただけでも、俺、こんなに苦しくなったのに。」

碧生くんはしみじみとそう言って、また私の頬に唇を寄せた。

「紫草(むらさき)のにほへる妹(いも)を憎くあらば人妻ゆゑに我恋ひめやも?……私まだ人妻じゃないけど。」
本当に堪えてそうな碧生くんにちょっと笑ってそう言ってみた。

碧生くんは苦笑しながらも真面目に懇願した。
「もう、ね。ホントに早く結婚しようよ。」

「いいわよ。」
私も笑いながら、本気でそう言った。

「え?いいの?」
そう聞き返されて、私は首をかしげた。

「嫌だって言ったことないわよ。私も早く碧生くんを独り占めしたいもの。」
……それに、イチイチ陰湿に妬かれるのもめんどくさいし……碧生くん、恭匡(やすまさ)さんに似てきてない?悪しき影響だわ。

「独り占めしてるじゃん。」
碧生くんはそう言ったけど、私はぷくっと頬を膨らませた。

「わかんないもの。飲み会のたびに、碧生くんも王様ゲームとかして女の子とキスしちゃうのかしら、ってやきもきしてるもの。」

碧生くんは、膨らました私の頬にそっと触れた。
「しないよ。しても何も感じないし、どうでもいいけど、百合子が嫌なら、しない。」

ささくれた心が、穏やかに凪(な)ぎてゆく。

ほうっと息をついて、私は碧生くんの肩に頭を預けた。
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