今、鐘が鳴る
でも、水島くんの先行には迷いがなかった。

残り2周の赤板で、他のラインが中段をとろうとペースを下げてたその瞬間を狙って、泉さんが指示を飛ばす。

「(行)けっ!」
けっ、しか聞こえなかったけれど、水島くんは8番手からカマシ先行!
一気に前に躍り出て、みるみるうちに後続との車間がひらいていった。

そして今、打鐘(ジャン)が鳴る。

水島くんには自分が残る気はなかったらしい。
ただ師匠の泉さんに初タイトルを穫らせるために、水島くんは玉砕先行のつもりだった。
でも、水島くん自身の脚力も飛躍的に上がっていたのだろう。

それだけじゃない。
泉さんは、この大一番で少し車間を切って、自分が苦しいだけなのに、水島くんのことも残そうとした。
あんなに鬼畜な泉さんなのに、弟子への愛情と優しさと甘さがハッキリとそこにあった。

追い上げる後続ラインを牽制し、前へハンドルをほった!



……泉さんは悲願の初タイトルをとった!……自分のためにバンザイ!と玉砕しようとした水島くんを残して。



まさかの、地元地区師弟コンビのワンツーに、場内は割れんばかりの拍手と歓声に沸いた。

号泣する水島くんの肩を何度もバンバン叩いて、泉さんは感謝を伝えていた。
ウィニングランには水島くんも呼んで、2人でつないだ手を高々と上げてバンクを一周した。

碧生くんは、水島くんの侠気(おとこぎ)に感極まったらしく、泣きながら水島くんの名前を叫び続けた。

スタンドでは、中沢さんが男泣きしていた。

かくいう私は、涙が滝のように流れて、言葉を失ったかのように固まっていた。

泉さんと目が合う。
優しい笑顔を向けてくれたと思ったら、泉さんの目にぶわっと涙があふれ出た。

私たちは、見つめ合って、ただ涙を流した。

それだけで全てが通じ合い、満たされた。





帰りの車の中、碧生くんは無言だった。
……怒ってる?
不機嫌そうに見える。

泉さんとのアイコンタクト、まずかったのかしら。
でも、別に声をかけてもないし……目が合ったぐらいで怒られるんじゃ、もう二度と泉さんのレースを見に来られない。

ほうっと、もう何度めかわからないため息が出た。
……つまんないわ、碧生くんと仲良しじゃないと。

「怒ってるの?」
阪奈道から近畿道を経て第二京阪に入った頃、そう聞いてみた。

「……いや。仕方ないだろ、あれは。」
碧生くんは、やっと口を開いた。

何だか自分自身にそう言い聞かせているようだった。

そのまま再び沈黙が広がった。
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