エリートな彼と極上オフィス
「…飲みますか」
「え? あ、サンキュ」
はい、とうしろから、由美さんが持たせてくれたコーヒーのマグカップを渡す。
カフェで買ったものではないそれに、先輩はちょっと驚いたようだった。
「お前んち、ここから近いの」
「すぐです、あの建物がなければ見えるくらい」
へえ、とコーヒーの湯気を吹きながら、先輩は呟いた。
白い息が夜の空気に散る。
先輩のコートは、ビジネスマンには珍しい、フードつきのダッフルなのだ。
それを着ていると高校生みたいで可愛くて、私は去年から密かに、またこの季節が来るのを楽しみにしていたのだった。
「まさか先輩が、違う番号からかけるなんてこすい真似をするとは」
「違う、携帯落として壊したの、駅で」
「あ、代替機ですか、それ…」
そう、とうなずく姿が力ない。
最近踏んだり蹴ったりだ、可哀想に。
「おうちのことは、…問題なく?」
「うん、まあ。実家手放すのに、名義変更とか、そういうめんどくさい手続きがあって、大した家でもないのに」
「無理しないでくださいね…」
「ん」
先輩の肩越しに、地面を革靴でひっかく様子が目に入る。
文字のようなものを書いては消し、書いては消ししていた。
なあ、と先輩が静かに言った。
はい、と答えた。
「俺、前にお前のこと、すげえ大事って言っただろ、あれ、変わってないんだ。信じてもらえるかわかんないけど」
先輩の背後で、カップをぎゅっと握りしめた。
わかってます。
わかってますよ、先輩。