エリートな彼と極上オフィス
私の場合、冒険にもならない。

だってリスクがない。

ふふっと笑う声がした。



「勇敢だと思うよ」

「ありがとうございます」

「あの先輩くんから目を離さざるを得なくなるのは、リスクとも言えるんじゃないかなあ」

「それは…」



リスクとは違います。

そう言おうとして、足が止まった。


すぐそこに地下鉄の入り口がぱっくり口を開けている。

その前で、もつれ合う男女、というか、絡まりつく女性と、それを立て直そうとしながらも許しているような、男の人の姿がある。



「歩くのか歩かないのかはっきりしろよ」

「歩きたいけど歩けないの」

「タクシー使おうぜ」

「嫌、吐いちゃう。しかもいくらかかると思ってるのよ、うち遠いんだから」

「知ってるけど、他に方法ないだろ、送ってやるから」



中川嬢を引きずって、道を渡ろうとしたんだろう、先輩が向きを変えようとした拍子に、私たちとぶつかりかけた。



「あっ、すみません」



どうぞ、と進行方向を譲ってくれようとして、こちらが誰だか気づいたらしい。

私を見てぽかんとし、次いで榎並部長に気づくと、物言いたげな視線を私に投げてくる。

私は妥当なリアクションが見つからず、中川嬢が胸に押しつけるように抱きしめている先輩の右腕を、じっと見ていた。

ぽんと肩を叩かれた。



「それじゃ、またね。今日はありがとう」



常識的なレベルより少し長い時間、私の肩に手を置いてから、榎並部長は先輩にも微笑みかけて、地下鉄の階段を降りていく。

それを見送っていた先輩が、私のほうに顔を戻した。

その眉間にシワが寄っているのを、見ないようにする。



「湯田、お前な」

「ねえ、どうせタクシー乗るなら航の家に行こうよ」

「はあっ?」



中川嬢が危なっかしく揺れながら、まとわりついた。

会話を中断されながらも先輩は、彼女をふりほどくわけでも、突き放すわけでもなく。

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