エリートな彼と極上オフィス
『なんで気づかないんだ』
『そっちこそ言ってくださいよ、引いたでしょ、最初』
『まあ驚きはしたけど』
じゃあ言ってくれよ。
新人がいきなり先輩のことを独自の愛称で呼ぶなんて、これ以上恥ずかしいこと、ないじゃないか。
当時を思い出すだけでも赤面するほど、自分的には事件だったのだけれど、周囲はそんなに気にかけておらず。
だんだん周りの人まで、彼をコウと呼び出す始末だった。
「これ、湯田(ゆだ)の悪い癖、事実と考察が混ざってる」
「あ、失礼しました、直します」
「いくつかあるからまとめて赤入れとく、それとな、お前の文章はな、なんて言うか、うーん…」
近くの中華レストランで、先程の資料をタブレットで追いながら、先輩がお箸を持った手を額に当てた。
「文章としてうますぎるがゆえに、言葉遊びをしちまう癖があるな」
「それ、学生時代もよく言われました」
「だろ、それが効果的な時もあるけど、こういう資料の場合はダメだ、使い分けられるようになれよ」
「どうしたらなれますかね?」
「実学書をひたすら読むとかかなあ、わかりやすい、わかりにくいって一目瞭然だから、何かしら学べると思うぜ」
「ひとつオススメてください」
「オススメるってなんだよ、日本語使えよ」
先輩は2年上。
この4月に、4年目になる社員だ。
さぞもてますでしょうねえ、という外見に、率直な物言い。
働き者で、真面目かどうかは知らないけど面倒見がよく、私が彼を"先輩"と呼ぶのは、そんな気質に対する愛称のつもりもある。
メーカーには珍しい、少し明るめの髪を自然な感じに流していて、背も高くなんというか、スタイルも抜群にいい。
ただし口は悪い。
そんな彼は、我らが『IMC室』で、私を除けば最若手のホープなのだ。
私がここに配属された理由は、正直よくわからない。