エリートな彼と極上オフィス
自分でブランディングの話を始めたんじゃないか。

一意見として発言したまでなのに、顔をしかめられるのは割に合わない。

先輩は上着をチェアの背にかけると、私のPCを覗きこむ。



「資料、進んでるか」

「あとちょいです。自分であれこれ考えても仕方ないところまで来たので、粗いですが一度見てください」

「オッケ、サルでもわかる内容になってるか?」

「そう思うのですが…」



言っているうちにチャイムが鳴った。

この部屋は革新的に新しい仕組みを導入しているものの、会社自体はれっきとした老舗メーカーだ。

昔懐かしいキンコンというチャイムと共に、フロアの面々が席を立った。

コウ先輩も腕時計を見る。



「続きは食いながらにしよう」

「あ、昨日のお釣り、机に入れておきました」

「え」



結局お忘れになっていたらしい先輩が、引き出しを開ける。



「申請してないぜ」

「他でもない先輩のためですから」

「やめろ、気持ち悪い」



本心だったのに半歩引かれて、傷ついた。

少ししおっとした私に気がついたのか、先輩は上着をつかむと軽く眉を上げて。



「これでおごってやるよ、行こ」



そう言って、封筒で私の頭を叩いた。



先輩の名前は山本航(やまもとわたる)という。

新人研修を終えて、先輩の下に配属された私は、当時まだこの部署にいた美人の人妻が「コウちゃんよ」と紹介したのを真に受けた。

よくある苗字だから、みんなそうやって呼び分けをしているのかと思ったのだ。


教えられたとおり「コウさん」と呼びかけるようになった私は、そんな呼び方をしている人は誰もいないことにやがて気づく。

しかしその頃には、今さら山本さんと呼ぶのもおかしい時期まで来ていた。

< 4 / 186 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop