エリートな彼と極上オフィス
目が回るほど忙しい日々の始まりだった。
資料を丁寧に作り直し、単語ひとつにも細心の注意を払うことで、揚げ足を取られたり突っ込まれたりする隙をなくした。
簡単な言葉で、誰もが同じように理解でき、すとんとお腹に落ちるものを。
元々、ブランドはそんなふうに語られるべきなのだと岩瀬さんは言った。
月の後半になると、役員たちとの接見が始まった。
上層部同士であれば、よう、で済んでしまう入り口の一言にも最善を尽くすべく、各役員の来歴などを丹念に調べた。
先輩のすごいところは、そういう下調べの気配をまったく出さずに、気の利いた挨拶をさらっとできてしまうところだ。
「品証のご出身ですか、あそこは業務改善で社長賞を多く取っていますよね、いつ頃そういう風土が作られたのかとずっと疑問で 」
こんなふうに切り出すと、向こうは相好を崩し、自分が現役の頃に血を吐きながら組織の体質を変えてやったんだ、と来る。
全部知っているはずの先輩は、実に感じのいい聞き手として思い出話を引き出し。
時折自分の知っていることも披露して、若いのによく知ってるねと感心させる。
「オヤジキラーですねえ」
「やめろよ」
自分でも新たな能力の発見だったらしく、賞賛まじりに私が冷やかすと、気恥ずかしそうに怒るのだった。
「そこまで若いと、ぎりぎり嫉妬の対象にならないんだよな」
「そう、少し軽薄な見た目なのもいい、適度に軽んじてもらえる」
「独身だしな、向こうからしたら、嫉妬するにも値しない小僧だと、自分を納得させる材料になるよな」
IMCメンバーたちに好き放題言われて、だんだん複雑な気分になってきたらしい先輩は、それでもほぼ完璧に役割を演じてみせ。
役員入れ換えというそのものの重大さを除けば、進捗は順調だった。
そんなある日。
コウ先輩が会社に来なかった。