甘いだけの恋なら自分でどうにかしている

「失礼します」と課長が席を立ち、三沢先生と二人きりになる。
お酌をしていると
「急に担当が変わったから、驚いてたんだ」
「あ、すみません。前触れもなく」
「元気そうで本当に良かった」と力を込めて言うから、違和感を持った。
「元気のない私は私じゃないと思うので」と笑って言うと
「矢嶋くんから聞いてね。家族の方が亡くなったって」
「え」
課長が私のそんなプライベートなことを伝えるとは思えなかったので正直驚いた。
そういえば課長の専門は抗癌剤だ。この話をして何かに繋げようとしているのか。いや情だけでやっていける話ではない。別に癌で亡くなるなんて、珍しくもないし。
色んな事が頭の中を駆け巡りながらも話を続けた。

「そうなんです。父が年明けに亡くなりまして。胃癌だったんですけど」
「僕と同い年って言ってたよね。確かお父さん」
「はい。もう少しで還暦だったんですけどねー。でも家で看取れましたし、なんというか家族の目線で終末期を経験するのが初めてだったので、抗癌剤って副作用の出方が人によって全然違いますし、父の場合は、最期の方は全然食べれなくて、でも食べるのが好きだから、口に含むだけでもって言って、みそ汁とか口に含んでだしたりしてましたけど。
最期の最期まで好きなもの食べさせてあげれたらいいなぁ。胃癌でもとかいろいろ考えてしまいました」

そう伝えると、三沢先生も看取りのケースで患者や家族の気持ちに立って考えることがあるようで普段考えてる胸の内を打ち明けるように話し始めた。
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